無作法な武士

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筑前守藤原章家(あきいえ)の侍、錯(あやま)ちするものがたり

                    (今昔 巻28 第34)

 むかーし昔。
 筑前の前の国司に藤原の章家という人が居りました。その人の父は定任(さ
だとう)と言いました。この方も筑前の守でありました時に、章家はまだ年が
若く、任官も出来ず、四郎君と呼ばれて部屋住みの身分でした。

 その時、顔かたちが堂々として、髭は長くいかめしい雰囲気の侍がおりまし
た。名前は頼方(よりかた)と言いました。

 それが、章家の部屋に、侍どもが沢山居合わせて、話し合いなどした後で、
食事になりました。

 (当時、主人の食べ残しを、家来達が分けて食べる風習がありました。)
 
 章家が既に食べ終わって、その食い残しを下げて、食べ終わった家来の上席
の者から順番に皿を回していく中に、この頼方の順番になって、元々食ってい
た器に少し残っていたところに、隣の席の侍から、主人の「下ろし」が差し出
されました。

 他の人がしたように、自分の器に取り分けて食うだろうと、侍達が見ている
と、なんと頼方の器を受け取って、自分の器に移さないで、作法をすっかり忘
れて、主人の器からそのままそそくさと口に入れました。

 他の人たちはそれを見て、
「あいつは、なんとご主人の器から直接食ったぞ。」
と言いました。

 頼方は、言われてから思い出して、本当にそうだった、間違ってしまったと
動転して、口の中に含んでいた食べ物を、その主人の器に吐き出しました。

 ただその器から直接食ってさえも、主人も侍達も汚いと見ていたのに、更に
唾液も加わって口に入れた物を、器に吐き入れたので、長い髭にそれが付いて、
慌ててふき取ろうとして、狼狽えているのは、全く醜くあきれ果てたことです。

 他の侍達はそれを見て、立ち上がって外に出て笑いました。

 本当に、頼方は、どうして忘れたのでしょうか。もともとは、非常にすぐれ
た兵(つわもの)という評判でしたが、このあとは、武士としても評判さえ落
として、馬鹿な慌て者というのが定評になってしまいました。

 これを思うと、武士ではあったけれども、心臆して愚かなことをやってしま
ったのでしょう。

 だから、人間は何事でも、きちんと思いめぐらしてやるべきだと、語り伝え
たと言うことです。

                        終わり

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Category: 今昔物語

墓穴に入った男

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 近江国の篠原にて墓穴(つかあな)に入る男のものがたり

               (今昔 巻28 第44)

 むかーし昔。
 美濃の国の方に行った下衆(げすー身分の低い)男が、近江の国の篠原とい
う所を通っているとき、急に暗くなって雨が降ってきたので、雨宿りするとこ
ろがあるだろうかと、見回しましたが、人の気配もない野原なので、人家は見
あたりません。

 墓穴(横穴式の墓穴でしょう)があったのを見つけて、そこに這い入って、
しばらく雨の止むのを待っているうちに、日も暮れて暗くなってしまいました。

 雨は止まずに降り続いているので、今夜一晩はこの墓穴で夜を明かそうと思
って、奥の方を見ると広かったので、そこに行って、すっかりくつろいで横に
なっていると、夜が更けた頃に、何かが入ってくる音がしました。

 暗いので、何であるか、正体が分かりません。

 ただ音だけがするので、これは鬼だろう、なんと以前から鬼が住んでいる墓
穴とは知らないで、入り込んでしまって、今夜命を落とすことになるのだなぁ
と内心悔やんでいると、この入ってきた物は、どんどん奥に来るので、怖ろし
くってどうしようもありません。

 しかし、逃げ場はないので、隅の方に寄って、息を呑んで出来るだけ体を小
さくして、様子を窺っていると、この物は近くまで来て、何か荷物をどんと置
く音がしました。

 次ぎに、さやさやと鳴る物を置き、その後で腰を下ろした様な音がしました。

 これは、人間の気配です。

 この男は、下衆ですが、思慮もあり分別もある奴で、この状況は、、
 {これは、人がどこかに出かけたが、雨は降るし日は暮れたので、自分と同
  じようにこの墓穴に入って、前に置いたのは、持っていた物をどんと置い
  た音だろう。次ぎに、蓑を脱いで置く音が、さやさやと聞こえたのだろう。
  でも、もしかすると、この墓穴に住んでいる鬼かも知れない。}
と考えて、息を潜めて、耳を澄ましていました。

 このあとから来た男は、在俗の男か、法師なのか、それとも童であるのかは
全く分かりません。
 
 でも、間違いなく人の声で、
「この墓穴には、もしや元々お住みになっている神がいらっしゃるのでしょう
か。もしおいでになるなら、これを召し上がって下さい。私は用事があって、
偶々ここを通りかかったのですが、雨は激しく降ってくるし、夜は更けたので、
今夜だけと思って、この墓穴に入った者でございます。」
と言って、何かを神に供えてお参りするようにして置いたので、先に入ってい
た男は、少し安心して、そうだったのかと納得しました。

 さて、その置いた物を、すぐ近くだったので、そっと手を伸ばしてさぐった
ところ、小さな餅を三切れ置いたのでした。

 そこで、その男は、本当の人間が旅をしていて、自分の持っていた物をお供
えしたのだなと分かったので、自分は長旅で疲れていたし、空腹だったので、
その餅を取って、そっと食べてしまいました。

 後から来た男は、しばらくして、その置いた餅を手探りすると、もちろんあ
りません。

 その男は、本当の鬼が居て食ってしまったのだろうと思ったのでしょうか、
突然立ち上がって、持ってきた物も手にせず、蓑笠も捨てて、走って出ていっ
てしまいました。
 
 慌てふためいて、なりふり構わず、逃げていったので、元の男は、それでは、
人間が来たが、供えた餅が無くなったのを怖がって逃げていったのだなと考え
ると、あの餅を食って良かったと思って、あの男が捨てていった物を探ってみ
ると、物が一杯入った袋を鹿の皮で包んであります。また、蓑笠があります。

 美濃辺りから上ってきた奴だなと思って、もしや、あの男がこちらの様子を
窺っているかと思ったので、まだ夜の中に、その袋を背負って、その蓑笠を着
て、墓穴を出て歩き出しました。

 もしや、あの男が人里に行ってこの事を語って、人々を伴って戻ってきたら
と思ったので、ずーと人里離れた山の中に行って、様子を窺っている中に、夜
も明けました。

 それからその袋を開けてみると、絹・布・真綿などが一杯入っていました。

 思いがけないことなので、当然そうなるべき運命で、天が自分に授けてくれ
た物と思って、喜んで、目的地に向かいました。

 思いもかけない儲け物をした奴ですね。

 後から来た男が逃げ出したのも無理もないことですね。全く誰でも逃げ出す
でしょうね。

 先に入っていた男のやりかたは、まったく無骨なことですね。

 この事は、先の男が年を取ってから妻子の前で語ったのを、聞き伝えたので
す。後の男は、遂に何処の誰とも分からないままで終わりました。

 だから、機転の効く奴は、下衆であっても、こういう時にはよく分別して上
手く立ち回って、思いがけない利を得るものです。

 それにしても、先の男は、餅を食って、後の男が逃げ出したのを、どんなに
おかしいと思ったことでしょう。

 滅多にないことなので、この様に語り伝えたと言うことです。

                           おわり

Category: 今昔物語

武士の心得

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袴垂(はかまだれ)関山に於いて、
           虚死(そらじに)して人を殺すものがたり

                   (今昔 巻29 第19)

 むかーし昔。
 袴垂という有名な盗人がいました。

 盗みを働いていたので、捕らえられて牢獄に入れられていましたが、特赦に
よって出獄しました。

 行く先の当てもなく、さしあたってすることもないので、関山(逢坂山の別
名)に行って、身につけていた着物を脱ぎ捨てて、素っ裸で死んだ振りをして
道ばたに横になっていました。

 道行く人はそれを見て、
「これはどうして死んだのだろうか?傷も付いてないようだ。」
と言い合ったりして騒いでいました。

 そこに、京都の方から、たくましい馬に乗った武士が、弓矢を背負い、沢山
の家来を引き連れて、通りかかりました。

 このように、沢山の人々が立ち止まって、見物しているのを見て、馬の手綱
を引いて止め、家来を呼び寄せて、
「あの人だかりは、何を見ているのか?」
と尋ねました。

 家来が、走り寄って見て、
「傷もない死人でございます。」
と報告しました。

 その主は、それを聞くとすぐ、弓矢を手にし、すぐにも戦える体勢を整えて
から、馬を歩ませ、死人の居る方を鋭く見据えながら通り過ぎました。

 それを見た人は、手を叩いて、
「あれほど家来を引き連れた武士が、死人に会って、びくびくして警戒すると
は、なんと大した武士だよ。」
と笑いあざけっているうちに、その武士の一行は通り過ぎました。

 その後、人々が散らばり去って、死人の辺りに人が居なくなった頃、また武
士が通りかかりました。これは家来を連れてません。

 ただ弓矢を背負って、この死人の側につかつかと馬を近寄せて、
「哀れな男だなー。どうして死んだのかな?傷もないのに。」
と言って、弓で死体をつついてみると、その途端に、この死人が弓を掴んで立
ち上がり、武士を馬から引きずり落として、
「親の敵はこうして討つものだ(激しい罵り言葉)。」
と言いながら、武士が帯びていた刀を抜いて、刺し殺してしまいました。

 さて、水干袴(すいかんばかま)を引き剥いで、自分が着、弓矢も奪って背
負い、馬に乗って、飛ぶように東の方に去りました。

 同様に特赦にあって釈放された裸の男達20人ほど、前もって約束していた
ので、集まっていたのを、供人にして、道で出会う男の水干袴や馬を奪って、
弓矢や刀も沢山奪って、その裸の男達に着せ、武具を調え馬に乗せて、家来は
30人ほどになったのを引き連れて、東国に下ったので、国中で相手が居ない
ほどの大盗になりました。

 こういう者は、少しの隙でもあれば、このようなことをするのです。
それを知らないで、近くに寄って、さあどうぞと言わんばかりに隙を与えたの
だから、やられない方が不思議なくらいです。

 初めの警戒して通り過ぎた騎馬武者は誰だったのでしょうか?賢明な者だな
ぁと思って、聞き回ったところ、村岡の五郎平の貞道という人でした。

 その人と聞けば、人々は当然のことだなと思いました。

 あれほどの家来を引き連れていても、それと気付いて油断しないで通ったの
は、賢明なことです。それに、家来も連れていない武士が近くに寄って殺され
たのはつまらないことだと、この話を聞いた人は、一方を誉め、一方を貶した
と語り伝えたと言うことです。

                      おわり

しょうげんの一言:明けましておめでとうございます。今年もよろしく。

           武士の心構えでしょうか。

Category: 今昔物語
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