銅の飲み物

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 大安寺(だいあんじ)の別当の娘のもとに蔵人(くろうど)通ふものがたり

                   (今昔 巻19 第20)
                   (宇治拾遺 巻9)

 【別当(べっとう):寺務一切を主管する寺主。寺を支配する長官。】
 【蔵人(くろうど):宮中の蔵人所の役人。】
 
 むかーし昔。

大安寺の別当である僧侶に、容姿端麗な娘がおりました。その娘の許に、蔵人が、

人目を忍んで毎晩通っている内に、お互いに離れ難くなってきて、時々は昼も留まって、帰らないこともありました。

 昼も留まっていたある日、昼寝した男の夢に、


  突然この家の中で、身分の上下に関わらず、がやがやと騒いで泣きどよめいているのです。

  どうしてこんなに泣くのだろうと思って、不思議になので、起きあがって行って見ると、

舅の僧、姑の尼を初めとして、そこに居る人はみな大きな器 を持って泣き騒いでいるのです。

  どうして、この器を持って泣くのだろうと思って、なおよく見ると、銅のドロドロに融けた物を器に盛っているのです。

  荒くれ鬼が尻を叩いて飲ませても、とても飲めそうもない銅の湯を、自分から泣きながら

飲んでるのでした。ようやく飲み終わると、またお替わりをして飲む者もおります。

下々の下人に至るまで、これを飲まない者はおりません。 

  自分の隣に寝ていた娘も、女が呼びに来ると、起きてそちらへ行くのです。

  不安になって、またよく見ると、この娘にも大きな銀の器に、銅の湯を一杯入れて渡します。

  この娘がそれを受け取って、か細い可愛らしい声を上げて、泣きながら飲むと、目耳鼻から、炎や煙が出てきます。

  あきれ果てて見ている内に、「客人にもさしあげなさい。」と言って、銅の湯を、

  器に入れて台に載せて、女房が持って来ました。

  自分もこんな物を飲むのかと、愕然としておののいているうちに、目が覚めました。


 目が覚めて見ていると、丁度、女房が食事を台に載せて持ってきました。

舅の方でも、食事をしている気配です。

 その時、この舅は寺の別当なので、寺の物を自分の意のままに使っているのだなぁ、

寺の物を食べているのだな、寺の物を乱用したので、その責め苦を受けているのだろうと考えると、

いやらしく思って、娘への愛情も忽ち冷めてしまいました。

 それで、何とかごまかして、この食事はしたくないと思い、具合が悪いと言って、帰りました。

 その後、やはりうんざりして、その娘の許には通わなくなりました。

 その後、この蔵人は自分の行いを恥じて、出家とまではいかなかったけれども、

いささかの信心を起こして、仏の供物などを私物化することはなかったと語り伝えたということです。
                         
                             おわり

しょうげんの一言:僧侶の生活に対する風刺でしょうか?

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Category: 古典文学

観音のご利益

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女人、穂積寺の観音の利益(りやく)を蒙るものがたり

                   (今昔 巻16 第10)

 むかーし昔。

奈良の左京、九条二坊に一人の貧しい女がおりました。

 九人の子供がおりました。家が非常に貧しいために生活の便宜がありませんでした。

 ところが、穂積寺という寺に千手観音がありました。

 この貧女が、寺の観音の前に詣って、真心を尽くして、

「願わくは、観音様、慈悲心で、私にいささかの生活の便宜を施して下さい。」

とお祈りしました。

 しかし、一年経ってもその効験がありませんでした。

 そうしている間に、淳仁天皇の天平宝字(てんぴょうほうじ)7年の10月1日の

夕暮れ時に、思いがけなくその貧女の妹が、一つの皮を張った長びつを持ってきて、

姉に預けていこうとして、わざわざ自分の足に馬の糞を付けて、姉に向かって、

「そのうち、我が受け取りに来るまで、これを預けておくわ。」

と言って、去っていきました。

 その後、この姉は、妹が来てこの皮びつを持っていくのを、待っていたのですが、かなり経っても妹は来ません。

 そこで、待ちわびて、姉が妹の所に行って、この事を尋ねますと、妹は、そんなことは知らないよと言います。

 姉は、奇異なことだと思って、家に戻って皮びつを開けてみると、銭百貫入ってました。

 姉はこれを見て、妹は知らないと言うので、もしかしたらこれはあの穂積寺の千手観音が

私を助けるために、妹の姿になって銭を持って来て施して下さったのだろうと考えて、

すぐに穂積寺に詣でて、観音様を見ると、観音様の足に馬の糞が付いていました。

 姉はこれを見て、涙を流して喜び、本当に観音様が私を助けて施して下さったのだと悟りました。

 三年ほど後、噂によると、千手院に納めて置いた寺院修理用の銭百貫が、

倉の扉の封印もそのままなのに、無くなっていたと言うことでした。

 その時、姉はあの皮びつの銭は、実は寺の銭だったのだなぁと思うと、

ますます観音様の霊験を深く信じ、涙を流して尊びました。

 毎朝毎晩、香を焚き、灯火をともして、うやうやしく礼拝を続けますと、

貧乏の嘆きもなくなり、富貴になって、願い通り沢山の子供を生んで養い育てることができました。

 この観音様は、今もその寺にあります。必ず詣でて礼拝すべき観音様であると、語り伝えたと言うことです。
                          
おわり。

しょうげんの一言:観音様の現世御利益の話は、今昔物語に沢山あります。

Category: 古典文学

佐渡金山

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 能登国の鉄(くろがね)を掘る者、
    佐渡国へ行きて金(こがね)を掘るものがたり

                     (今昔 巻26 第15)

 むかーし昔。

能登の国では、黒がね(掘り出したままの鉄、素鉄)のいうものを取って、国の司に

献上する事になっておりました。

 実房【宇治拾遺物語を参照しました】という国司の時に、その黒がねを取る者が6人おりました。

 その頭分(かしらぶん)だった者が、自分の仲間同士の雑談のさいに、

「佐渡の国には、黄金の花が咲いているところがあった。」

と言いました。

 守はそれを人づてに聞いて、その頭分を呼び寄せて、ご馳走し、物などを与えておいて、

尋ねますと、頭分は、

「佐渡の国には、黄金があるのでしょうか? 黄金があるようだと見当を付けた所が

ありましたのを、何気なく仲間同士の雑談で喋ったのを、聞きつけなさったようですね。」

と言いました。

 守が、

「それならば、そのように見えたところに行って、取って来れるか?」

と尋ねました。

 頭分は、

「派遣なさるのならば、行きましょう。」

と答えます。

 守が、

「行くのに、何が必要かな?」

と尋ねますと、

「他の人間は要りません。ただ小舟一つ、食料少し頂いて、あの島に渡って、

もしやと試してみましょう。」

と頭分は言いました。

 そこで、その男の言うとおりに、人にも知らせず、船一艘と食べ物を与えました。

 男はそれを手に入れて、一人で佐渡の国に渡りました。

 その後、20日以上一ヶ月ほど経って、守が忘れていた頃、あの鉱夫長が突然姿を現して、

守の目に付くような所に立っているので、守は、それと気付いて、部下には知られないように、

離れたところに、自分から出向いて、会いました。

 鉱夫長は、黒ずんだ布切れに包んだ物を、守の袖の上に置いたので、守は重そうに

それを下げて帰りました。

 その後、この鉱夫長は、何処へともなく姿を隠してしまいました。

 守は、人を手分けしてあちらこちらを探させたけれども、遂に行方は分からないままで終わりました。

 どのように思って、姿を隠したのかは分かりません。あの黄金の在処を聞かれると

思ったのだろうかと、疑われました。

 あの黄金は、千両あったと語り伝えております。

 だから、佐渡の国では、黄金を掘ることが出来ると、能登の国の人々は言っているのです。

 あの鉱夫長は、後にもきっと掘ったことでしょう。

 でも、結局、あの鉱夫長の消息は分からないままだったと、語り伝えたと言うことです。
   
                              おわり

しょうげんの一言:佐渡金山の伝説ですね。

Category: 古典文学

出家の動機

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 鴨の雌、雄の死せし所に来たるを見て出家する人のものがたり。

                    (今昔 巻19 第6)

 むかーし昔。

 京都に一人の身分の低い侍がおりました。いつ頃のことかということは分かりません。

家は非常に貧しくて、その日暮らしにも困るほどでした。

 そのうちに、その妻が妊娠して、精を付けるために肉が食べたいと言い出しました。

 夫は、貧しいので、肉を手に入れることは困難です。田舎の方に、頼むような人も居ません。

市場に行っても、買うお金がありません。

 そこで、思案に暮れて、まだ夜が明けない内に、自分で、弓と矢二本を持って、家を出ました。

 池に行って、池にいる鳥を射て、この妻に食わせようと思ったのです。

 何処に行ったらいいのだろうと、色々考えた末、美美度呂池(みみどろいけ)は、

人里から離れているので、そこに行って様子を窺おうと思いついて、足を向けました。

 池の畔に行って、草に隠れて窺っていると、鴨の番(つがい)が、

人が隠れているとも知らずに、近づいてきました。

 男が、さっと射ると、雄に命中しました。非常に喜んで、池に下り鳥を手に入れて、

急いで家に帰りましたが、途中で日が暮れてしまったので、家に着いたときは、夜になっていました。

 妻にこの事を言い、喜びながら、翌朝、熱い肉汁に調理して、妻に食わせようと思って、

棹に懸けて置いて、寝ました。

 夜、物音がするので、夫が耳をすますと、この棹に懸けた鳥がぱたぱたと羽ばたきをしているのです。

 それじゃ、子の鳥が生き返ったのかと思って、起きて明かりをともして行って見ると、

死んだ鴨の雄は、死んだまま棹にかかっています。そばに生きている鴨の雌がいました。

雄に近づいて羽ばたきしているのでした。

 これは、今日の昼、雄と並んで池で餌を漁っていた雌が、雄の射殺されたのを見て、

夫を恋い慕って、雄鳥を取って帰ってきた自分の後を付いてきて、ここまで来たのだなぁと思うと、

男は菩提心が湧いて、非常に悲しくなりました。

 このように、人が明かりをともして、傍らまで来たのも恐れないで、命を惜しいとも思わないで、

夫と並んでいるのです。

 これを見て、男は思いました、

畜生の身ではあるけれども、夫を恋い慕って、自分の命には構わずに、このように

ここまで来たんだなぁ。私は、人間として生まれ、妻をいとおしんで、その妻のために、

鳥を殺したけれども、妻にこの肉を食わせるのが、無性に悲しくなって、

寝ていた妻を起こして、この事を語って、これを見せました。

 妻もまた、これを見て、涙を流しました。遂に夜が明けても、この鳥の肉は食べませんでした。

 夫は、この事を思うと、仏道に帰依する気持ちが湧いて、愛宕護(あたご)の山に

ある尊い山寺に行って、頭を丸めて、法師になりました。その後、一途に修行を積んで、

聖人と呼ばれるようになりました。

 これを考えると、殺生の罪は重いと言っても、殺生によって道心を起こして出家したのです。

ですから、これらにはみな縁があったのだと、語り伝えたと言うことです。
                           
                            おわり

しょうげんの一言:発心の動機はいろいろあるようですね。

Category: 古典文学
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