先週の続き 逃げた女

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女、医師(くすし)の家に行き瘡(かさ)を治して逃ぐるものがたり

                  (今昔物語 巻24 第8)

 【先週の続きです】
                      
七日ほど手当をしてみると、腫れが引いています。頭は非常に嬉しくなって、

今しばらくは我が家にこのまま留めて置こう、どこそこの人とはっきり聞いてから帰そうと思いました。

 今は冷やすことを止めて、瀬戸の器に、何薬でしょうか摺り下ろした物を、鳥の羽で、一日に五六度付けるだけです。

 もう病の峠は越したと、頭の顔色にも、安堵の色が浮かんできました。

 女が、

「私は、あなた様に浅ましいところまで全て見せてしまいました。私は、あなた様を自分の親と

思って頼りにしているのです。ですから、退院するときには、あなた様のお車で送って下さい。

その時に、住まいも名前もうち明けましょう。また、こちらには、たびたび立ち寄らせて頂きます。」

と言いました。

 頭は、もう四五日ほどは、このまま滞在するのだろうと油断しているうちに、

夕暮れの頃、女は薄綿の寝衣一枚だけ着て、あの女の童を連れて、逃げていってしまいました。

 頭は、そうとも知らずに、

「夕食を差し上げよう。」

と言って、お膳をととのえて、自分で持って、部屋に行ったところ、誰もいません。

 今は、きっと屏風の蔭でおしっこでもしてるのだろうと思い、遠慮して食膳を持ち帰りました。

 そのうちに、日が暮れたので、先ず灯をともそうと思って、燭台に灯をともして、

持っていって見ると、衣などが脱ぎ散らかされています。櫛の箱もあります。

 長く隠れて、屏風の後ろで何かしているのだろうと思って、

「こんなに長い時間、何をしているのですか。」

と声をかけて、覗いてみると、どうしてそんな所に居るはずがありましょうか。

 女の童も見えません。普段重ね着していた衣も、袴もそっくりそのまま残っています。

ただ、寝間着として着ていた薄綿の衣だけがありません。

 本当にいないのだろうか、うんやはり見あたらない、あの人は、それだけを着て逃げてしまったのだな、

と思うと、頭は胸がぐっと詰まって、呼吸も忘れるほどでした。

 門を閉ざして鍵を掛け、家にいる者を全てかり出して、それぞれに明かりを持たせて、

屋敷の中を捜させましたが、どうして女が見つかりましょうか、見つかるはずがありません。

 頭は、女の顔、姿、あそこの様子まで、目の前に浮かぶようで、恋しくて悲しくてどうしようもありません。

 病人だからと言って遠慮しないで、関係を結んでおけば良かった。

どうして治療だけして遠慮したのだろうと、口惜しく、家には遠慮すべき妻も居ないし、

もしあの女が人妻であったなら、自分の妻には出来なくとも、時々の情事の相手として、

素晴らしい美人を見つけたものだと、喜んでいたのに、この様に騙されて逃がしてしまったので、

横手を打って口惜しがり、足摺をして、皺だらけの顔にべそを掻いているので、

弟子の医師たちは、蔭でゲラゲラ笑っていました。

 世間の人々も、これを聞いて、笑いながら尋ねますと、老医師は、真剣に怒りながら、返事をするのでした。

 考えてみますと、非常に賢い女ですね。遂に何処の誰とも知られないで、そのまま一件落着したと、語り伝えたということです。

                       おわり。

しょうげんの一言:ひどい女ですね、でも「今昔」では、医者の愚かさを笑うんですね。

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Category: 古典文学

謎の女患者その1

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女、医師(くすし)の家に行き瘡(かさ)を治して逃ぐるものがたり

                  (今昔物語 巻24 第8)

【おことわり:この話は長いので、2回に分けてお送りします。】
 

 むかーし昔。典薬頭で、名前は伝わっておりませんが、高貴な医師がおりました。

この世で肩を並べる者は居ないほどの腕だったので、貴族達はみなこの医師を信頼していました。

 [典薬頭(てんやくのかみ)-宮中の医薬を司る役所の長官]

 ある時、この典薬頭の家に、美しく飾った女性用の牛車に、簾の下から見える衣も

鮮やかな色で、高貴そうな女が乗って、やってきました。

 頭はそれを見て、

「どなたの許から来た車ですか?」

と尋ねましたが、返事もしないで、どんどん入ってきて、牛をはずして、

頸木(くびき-牛車の、牛の首に当てる部分)を、廊下の所に乗せて、下男達は、

牛を引いて門のあたりまで離れて行って待っています。

 頭は車の側に寄って、

「これは、どなたがいらっしゃったのですか。どんなご用でお出でになったのですか。」

と尋ねると、車の中から姓名は名乗らずに、

「適当なところに部屋をこしらえて降ろして下さい。」

と、魅力的な優しい声で言うので、この典薬頭はもともと好色浮気な珍しがりやだったので、

屋敷内の隅の方であまり使われてない所を急いで掃き清めて、屏風を立て畳を敷いたりして、

車の側に寄って、用意出来たことを報せました。

 女は、

「それでは、ここから離れて下さい。」

と言うので、頭が言われたとおり、その場から離れますと、女は扇で顔を隠して車から降りました。

車にお供の人が乗ってるのかと思ったら、誰も乗ってません。

 女が降りるとすぐ、15,6歳くらいの女の童が、車の側によって、車の中から蒔絵の櫛の箱を

取りだして持ってくると、車は下男達が寄ってきて、牛を繋いで、飛ぶように後も見ずに去っていきました。

 その女は用意された部屋に座っています。女の童は、櫛の箱を包み隠すようにして、

屏風の後ろに身を縮めています。

 頭が寄って、

「これは、どのようなお方が、どのようなご用件でいらっしゃったのですか、早くおっしゃって下さい。」

と言うと、女が、

「どうぞこちらにお入り下さい。恥ずかしがりはいたしません。」

と言うので、簾の内に入りました。

 差し向かいになってみると、年は30歳くらいで、髪の具合をはじめ、目鼻口のどれを取っても欠点もなく、

端正で髪は非常に長いのです。香を焚きしめて、上品な衣装を身につけています。

初対面なのに恥ずかしいと思っている様子もなく、長年連れ添って妻などのように心安く対座しているのです。

 頭は、この女を見て、滅多にない珍しい不思議なことだと思いました。

 いずれにしても、この女は自分の自由になるに違いないと思うと、歯の抜けた梅干顔に

スケベそうな笑みを浮かべて、女の側近くに寄って尋ねます。

まして、頭は長年連れ添った妻に死別して、三四年になっているので、嬉しいことだと思っていると、

女が、

「人間の心は浅ましいもので、命が惜しくて、どんな恥でも構わないものですね。

わたしも、どのような恥ずかしいことをしても、この命さえ助かるならと思いまして、

こうして、あなたの許に参ったのです。今は、わたしの体一つ、生かすも殺すも、あなたの心次第です。」

と言って、激しく泣くのでした。

 頭は、非常に気の毒に思って、

「どのようなことですか?」

と尋ねました。

 女が袴の裾を引き上げて見せると、雪のように白い内腿の表面が少し腫れています。

 その腫れ方が、その部分だけではなさそうなので、袴の腰ひもを解かせて、

前を開けさせて見たところ、毛の中でよく見えません。

 【当時の女性は、普通帯をしないで、袴の腰ひもだけで前を合わせていた】

 そこで、頭が手で捜ってみると、あの近くに腫れた物があります。

左右の手で、陰毛を掻き分けてみると、全くあの恥ずかしい場所に腫瘍の元があるのでした。

 そんな所に腫瘍があったから恥ずかしかったのだなと、非常に気の毒に思って、

自分の長年の医術修行はこの女性一人のため、例えどんな奇妙な難病でも、実力以上の力を絞り出して、

是が非でも治してやらねばなるまいと、決心して、その日から助手も近づけず、

自分一人襷(たすき)をかけて、大いに張り切って、夜も昼も治療に専念しました。
                      
                       (つづく)
しょうげんの一言:続きにご期待ください。

Category: 古典文学

得体のしれない切り身

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太刀帯(たちはき)の陣に魚を売る媼(おうな)のものがたり
     
                    (今昔物語 巻31 第31)

 むかーし昔。三条天皇がまだ皇太子でいらっしゃった時に、太刀帯の陣に

いつも魚を売りに来る女がおりました。

 【註:太刀帯-東宮坊を守る武士。陣(じん)はその詰め所。】

 太刀帯たちはそれを買わせて食ってみると、味が非常に良かったので、

これをいつも買い入れて、おかずの材料にしていました。

干した魚の切り身でした。

 そうこうしている八月頃、太刀帯たちが、鷹狩りで北野に出かけたときに、

この女の姿を見かけました。

 太刀帯たちは、この女を見知っていたので、こいつはこんな荒野で何をしてるのだろうと思って、

近づいて見ると、女は大きな笊(ざる)と鞭を一本持っていました。

 この女は、太刀帯たちを見て、逃げ腰になって狼狽(うろた)えています。

 太刀帯の従者が近寄って、女の持っている笊には、何が入っているのかを、

見ようとしましたが、女は見せようとしないので、かえって怪しく思って、

強引に奪い取って見たところ、蛇を四寸(約12センチ)ほどに切ったのが沢山入っていたのです。

 あきれ果てて、

「こんなもの、何にするのか?」

と尋ねましたが、女は答えないで、ぶるぶる震えながら立っているだけです。

 なんと、こいつがしていたことは、鞭で藪(やぶ)をがさごそつついて、

驚いた蛇が這いだしてくるのを、打ち殺して切り刻んでは、家に持ち帰って、

塩を付けて干して売っていたのでした。

 太刀帯たちは、それを知らずに、買わせては美味いと思って盛んに食っていたのです。

 これを考えてみると、蛇は食べると毒だと言いますので、この干物も毒でないとは言えません。

 だから、その実体が確かでなく、切り身になっている魚を売っていても、

気にもとめずに買って食うのは止めた方が良いと、これを聞いた人は、語り伝えたと言うことです。

                          おわり

※しょうげんの一言:蛇は食べられますが、現在も、切り身の魚は、正体不明だという話ですよねー。

Category: 古典文学

女、再生する話

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 讃岐国の女冥途に行き、その魂還りて他の身に付くものがたり
    
                 (今昔物語 巻20 第18)

 むかーし昔。讃岐(さぬき)の国、山田の郡(こおり)に、一人の女がおりました。

姓は布敷(ぬのしき)です。

 この女は、ある時、突然重い病にかかりました。

そこで、きちんと沢山の料理を用意し、門の左右に供えて、疫病神にご馳走して

病を治して貰おうとしました。

 その頃、閻魔王の使いの鬼が、この家に来て、この重病の女を連れて行こうとしていたのです。

鬼は走り疲れて、このご馳走を見ると、我慢できなくて食べてしまいました。

 鬼が、女を捕まえて閻魔様の許に連れていく途中で、女に向かって、

「ワシは、お前の饗応を受けてしまった。その恩返しをしよう。もしやこの近くに、同姓同名の女はいるか?」

と、尋ねました。

 女は、

「同じ国の鵜足(うたり)の郡に、同姓同名の女が居ます。」

と答えました。

鬼はそれを聞いて、この女を連れて、その鵜足郡の女の家に行って、その女の正面から近づいて、

緋色の袋から一尺ほどの鑿(のみ)を出して、この家の女の額に打ち込んで、この女を連れて去っていきました。

 あの山田郡の女を放免したので、おそるおそる家にたどり着いたと思うと、生き返りました。

 さて、閻魔王は、この鵜足郡の女を連れてきたのを見て、おっしゃるには、

「これは、我が輩が呼んだ女ではない。お前が間違って連れてきたんだな。

それでは、しばしこの女をここに留めて、あの山田郡の女を呼んでこい。」と。

 鬼は、隠すことも出来ずに、遂に山田郡の女を呼んで連れてきました。

 閻魔王はこれを見て、おっしゃいました、

「まさにこれが我が輩が呼んだ女だ。あの鵜足郡の女は返すが良い。」と。


 ところが、三日経っていたので、鵜足郡の女の遺体は火葬にされていたのです。

 だから、女の魂は、体が無くて、元に返ることが出来ないので、戻ってきて、閻魔王に向かって、

「私は、せっかく娑婆に返されましたが、肉体が無くなって、魂の戻るところがありません。」

と申し上げました。

 すると、王が使いの鬼にお尋ねになります、

「あの山田郡の女の体は、まだあるのか?」と。

 使いの鬼が、

「まだあります。」

と答えました。

 すると、王がおっしゃいました、

「それでは、その山田郡の女の体を貰って、お前の体にすれば良かろう。」と。

 その指示に従って、鵜足郡の女の魂は、山田郡の女の体に入りました。

 生き返って言うには、

「ここは、私の家ではありません。私の家は鵜足郡にあるのです。」と。

 両親は、娘が生き返ったのを喜んでいるうちに、それを聞いて、

「お前は、私達の娘だよ。何故そう言うことを言うの?忘れてしまったの?」

と悲しみます。

 女は、まったくその言葉を聞こうともしないで、独り家を出て鵜足郡の家に行きました。

 その家の親たちは、見知らぬ女が来たのを見て、驚き不思議に思っていると、

女が言うには、

「ここが、私の家です。」と。

 その親たちが言うには、

「あなたは我が子ではありませんよ。我が子は亡くなって、もう火葬にしてしまったのですよ。」と。

 すると、女は、詳しく冥途で閻魔王がおっしゃたことを、話しました。

親たちは、それを聞いて泣き悲しんで、生前のことをいろいろ質問しても、

女の答えは一つとして事実に反することはありません。

 それで、親たちは、顔姿こそ娘とは違うが、魂だけは元のままなので、半ば諦め、

半ば喜んで、娘を大事に扱いました。

 一方、あの山田郡の両親は、この話を聞いて、来てみると、まさしく我が子の顔姿なので、

魂は違っていると言っても、顔を見て、悲しみいとおしく思うこと、この上もないありさまです。

 そこで、どちらの親も、この話を信じ、同じようにこの娘をかわいがり、

両家の財産を全部この娘に預けたので、この娘は、結局四人の親を持ち、両家の財産を管理することになりました。

 これを考えてみると、地獄の鬼に食膳の饗応するのも、決して無駄なことではないのですね。

それによって、こういうことも起きるのです。

 また、人が死んだからと言って、火葬を急ぐべきではありません。万が一にもこういうことが

起こることもあるからだと、語り伝えたと言うことです。

                         おわり

しょうげんの一言:新年早々死人が生き返るというめでたいお話です。

         本年もよろしくお願いします。

Category: 古典文学

明けましておめでとうございます。

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明けましておめでとうございます。

昨年中はご愛読賜り、ありがとうございます。

本年は、6日(月)から、更新します。

またよろしくお願いします。

Category: 自分
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