連載終了しました。

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「天使のささやき」に続き、

「今昔物語」120回の、

ご愛読ありがとうございました。

高齢のため、

継続が困難になりましたので、

前回で終了させていただきました。

ブログは残しておきますので、

たまに思い出して読み返していただけましたら幸甚です。

みなさまのご健康を祈念しております。



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Category: 古典文学

舌切り雀

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 舌切り雀

                 (宇治拾遺 巻第3 6)

 むかーし昔。
 うららかな春の日差しの中で、60歳ほどの女が虱(しらみ)をとっていま
すと、庭で雀が何かしながら歩き回っているのを見て、子供たちが石を投げま
すと、雀にあたって腰が折れてしまいました。

 羽をばたつかせて、あわてふためいているとき、カラスが飛び回っているの
を見て、
「あら大変だ。カラスに食べられてしまう。」
と言って、この女は、急いで雀を捕まえて、息を吹きかけたりして、物を食わ
せました。

 小桶に入れて、夜はそっとしておいて、夜が明ければ米を食わせ、銅を削っ
て薬として与えたりしたので、子供や孫どもは、
「あらら、おばあさんは、老いて、雀なんか飼ってるよ。」
と馬鹿にして笑っています。

 こうして、数ヶ月、よく治療したので、ようやく躍り歩くようになりました。
雀の心でも、このように治療して生かしてくれたことを、非常に嬉しいと思っ
ているようです。

 ほんのちょっとでも、どこかへ出かけるときも、人に、
「この雀を見てくれよ。物を食わせよ。」
と言い置いたので、子供や孫は、
「おやおや、どうして雀なんか飼うのかなぁ。」
と嘲笑しますが、
「でも、可哀相だから。」
と言って、飼っているうちに、飛ぶようになりました。

 「もう、カラスに取られることはあるまい。」
と言って、外に出て、手に乗せて、
「飛ぶだろうか。見てみよう。」
と手を高く上げると、ふらふらと飛んでいきました。

 女は、長い間、日が暮れれば小桶に納め、夜が明ければ物を食わせるのが、
習いになっていたので、
「ああ、飛んでいってしまったよ。また来るかどうか見ていよう。」
などと、常に思って口にも出したので、人々に笑われました。

 さて二十日ほど経って、この女の居るところで、雀が騒がしく鳴くので、
〔雀が激しく鳴いているわ。あの雀が来たのだろうか。〕
と思って、出て見ると、あの雀でした。

「本当の忘れないで来たんだね、かわいいこと。」
と言うと、女の顔をちょっと見て、口から何かちっちゃいものを落とし置く
ようにして、飛んでいってしまいました。

 女は、
「何だろう。雀が落としていったものは。」
と言って、寄って見ると、瓢箪の種を一つ落としていったのです。

 「持ってきたのは、何かそれなりのわけがあるのだろう。」
と拾い上げました。

 子供たちは、
「おやおや、雀が落としたものを拾って、宝物のようにしているよ。」
と笑います。

 「せっかくだから植えてみよう。」
と言って、植えますと、秋になるにつれて、枝が沢山広がって、普通の瓢箪と
は比べ物にならないほどの大きさで沢山生りました。

 女は喜んで、隣近所の人にも食わせ、取っても取っても無くならないで生っ
ています。

 バカにしていた子や孫も、これを明け暮れ食べました。

 村中に配ったりして、最後には、中でも特に大きなもの七つ八つほどは、装
飾の瓢箪にしようと思って、刳りぬいておきました。

 さて、数ヶ月経って、
「もう出来上がってるだろう。」
と思って、見ると、見事なできばえです。

 下ろして、口をあけようとすると、少し重いのです。不思議に思って、切り
開けてみると、何かがタップリ入っています。

「なんだろう。」
と言いながら、器に移してみると、白米が入っていたのでした。

 思いがけないことで、呆然としながら、大きな器にみな移したのに、まだ同
じように入っているので、
「ただ事ではない。雀がしてくれたことだな。」
と嬉しく、その瓢箪は隠しておいて、他の瓢箪を見ると、やはり同じように入っ
ています。

 これを、器に移して使っても、沢山あるので使い切れません。こうして、大
金持ちになりました。隣村の人々も、並々でないその様子を羨みました。


しょうげんの一言:この続きがあるのですが、一身上の都合により、これで終わります。
           長い間ありがとうございました。

 

Category: 古典文学

占いで遺産を。

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 占いで遺産を見つけた話

               (宇治拾遺 巻第1 8)

 旅人が宿るところを探していると、荒れた大きな家がありましたので、
「ここに泊めていただけませんか。」
と言いますと、女の声で、
「いいですよ。どうぞお泊まりください。」
と返事がありましたので、みんな馬から下りて、家に入りました。

 建物は大きいけれども、人の気配はありません。ただ、女一人だけの気配で
す。

 こうして、夜が明けたので、自分たちで炊事をし、旅の支度を整えて、出発
しようとすると、この家の女が出てきて、
「お出かけになってはいけません。留まってください。」
と言います。

 「それは、どうしてですか。」
と尋ねると、
「あなたは、黄金千両の借金をしています。その返済をしてから、お出になっ
てください。」
と言うのです。

 この旅人の従者たちは笑って、
「あらら、そんなことがあるだろうか。」
と言いましたが、この旅人は、
「ちょっと待て。」
と言って、また馬から下りて、革子(かわごー革で張ったつづらのような箱)
を取り寄せて、幕を引きめぐらして、しばらくしてから、この女を呼びました。

 旅人は、
「もしや、あなたの親は占いをなさいましたか。」
と尋ねますと、女は、
「さあ、どうだったでしょうか。でも、あなたがなさったようなことはしまし
たよ。」
と言います。

 旅人は、
「そうなんですね。」
とうなずいて、さらに、
「それにしても、どうして千両の借金をし、その返済をしろというのですか。」
とたずねました。

 女は、
「私の親が亡くなるときに、生活できるだけのものは、私に残して、『これか
ら10年経って、某月に、旅人が来てここに宿ろうとする。その人は、私から
千両借りている人だ。その人に、金を請求せよ。それまで耐え難いときは、身
の回りのものを売って、暮らせよ。』と申したので、今までは、親が残したも
のを、少しずつ売って過ごしてきました。今年に入ってからは、売るものもな
いので、わが親が言った月日が早く来いよと待っていたのです。今日、いらっ
しゃって、お泊まりになったので、借金していらっしゃる方だと思って、申し
上げたのです。」
と言いました。

 旅人は、
「金のことは本当です。心当たりがあります。」
と言って、女を片隅に連れて行って、他の人に知られないように、柱を叩かせ
ると、空洞になっているような音がしました。

 旅人は、
「ほら、この中に、おっしゃっている金がありますよ。開けて、少しずつ取り
出して使いなさい。」
と教えて、出発していきました。

 この女の親は、占いの名人で、自分の娘のことを考えると、
『10年後には貧しくなるだろう。某月某日占い師が来て、泊まるだろう』と
考え、
『こういう金があると告げたら、生活に困らないうちに、この金を取り出して
使ってしまったら、貧しくなったときに、使うものがなくて、困窮するだろう。』
と思って、このように告げて死んだのでした。

 だから、女は、この家も失わずに、今日を待ち受けて、この旅人を責めたと
ころ、この旅人も占いをする男で、女の話を聞いて、このように占いの結果を
教えて去っていったのでした。

 占いは、未来を、自分の掌の中のものを指し示すように、明らかにするもの
です。

                        (おわり)

しょうげんの一言:「占い」は、原文では、「えきの占」とあり、古代中国の「周易」を指
           すようです。
           なお、次回が最終回になります。  

Category: 古典文学

大江定基の出家

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 三河の守大江定基、出家のものがたり

                 (宇治拾遺 巻第4 7)
                 (今昔 巻19 第2)
                 
 参川入道がまだ俗人だった頃、元の妻を見捨てて、若く美しい女に恋慕して、
それを妻として三河に連れて行きました。

 その女は重い病に罹り、長く患ったので、美しかった容貌も衰えて、死んで
しまったのを、いとおしさの余り、葬ることもしないで、夜も昼も添い臥して
いましたが、数日たって口付けしたところ、ぞっとするような嫌な匂いが出て
きたので、わが身が浅ましくなって、泣く泣く葬りました。

 その後、俗世はいやなものだと思うようになりました。

 三河の国で、『風祭』という行事で、生贄として、猪を生きたままで料理し
たのを見て、ますます道心を起こして、この国を去ろうという気持ちが湧きま
した。

雉を生きたまま捕らえて、人が持ってきたのを、
「さあ、この雉を生きたまま料理して食おう。死んだのを料理したのよりも、
一段と味わいが良いかどうかためしてみよう。」
と言ったところ、なんとか守の気に入られようと思っている愚かな郎党が、
「美味しいでしょう。どうして味がよくならないわけがあるでしょうか。」
などとはやし立てます。

 少し物の風情の分かる人は、なんと残酷なことをするものだと思いました。

 やがて、前で、生きたままで毛を毟ったので、しばしはばたばたと暴れるの
を抑えて、かまわずにひたすら毟ると、鳥は目から血の涙を流して、瞬きしな
がら人の顔を見まわしますので、視線が合って耐えられなくなり、その場を立
ち去る人もいます。

 「こいつはこんな鳴き声を出すんだな。」
などと、面白がってなおいっそう残酷に毟っている者もいます。

 毟り終わって、料理にかかり、包丁をいれると、血がつぶつぶと出てくるの
を、布巾で拭きながら切っていったので、ぞっとするほど聞くに堪えられない
ような声をだして、死んでしまったので、ばらし終わりました。

 「照り焼きにして味わってみよう。」
と言って、食べてみると、
「ことのほか美味いものだ。死んだのを料理して照り焼きにしたのとは、格段
の違いだなぁ。」
などと言っているのを、守は、ずーっと見聞きし、涙を流して、声をだして呻
いたので、
「美味い。」
などと言った者は、国守の機嫌取りのつもりの当てが外れてしまいました。

 その日のうちに、国司の役所を出て、京に上り、法師になってしまいました。

 道心が起こっていたので、その心を堅固なものしようと、このように思い切っ
たことをしてみたのでした。

 托鉢をしていたときに、ある家で珍しいご馳走を用意して、庭に畳を敷いて、
食わせようとしたので、その畳の上に座って食べようとすると、簾を巻き上げた
中に、美しく着飾った女が座っていました。見ると自分が捨てた古い妻でした。

 「この乞食坊主。こんなざまを見たいと思っていたよ。」
と言って、見下ろしましたが、男は恥ずかしいとも、心苦しいとも感じる様子も
なく、
「ああ、ありがたいことです。」
と言って、ご馳走を頂いて、帰りました。

 珍しい態度ですね。
道心を堅く起こしていたので、このような事に出合っても、苦痛だとも思わなか
ったのでしょう。

しょうげんの一言:今昔物語では、この後中国にわたった話が続きます。


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袴垂も肝を冷やした。

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藤原保昌朝臣、盗人袴垂(はかまだれ)にあふものがたり

               (今昔 巻25 第7)
               (宇治拾遺 巻第2 7)

 むかーし昔。

 袴垂という有名な盗人の頭領がおりました。

 肝っ玉は太く、力は強く、足は速く、腕は立ち、思慮深く、全く並ぶ者もな
いほどの人物です。
 隙をうかがって、人の物を奪うのを仕事にしていました。

 この男が、10月ごろ、衣服が欲しかったので、衣を手に入れようと思って、
あちこち窺い歩いていると、夜中ごろに、人がみな寝静まっている朧月の下、
都大路を、指貫(さしぬき)らしい袴の股立ちを取り、狩衣(かりぎぬ)らし
い軟らかそうなものを重ね着して、ゆったりと急ぐでもなく歩いている人がい
ました。

 袴垂はそれを見て、あっこれこそ、自分に衣を得させるために出てきた者だ
ろうと思ったので、喜んで走りかかって、打ち伏せて衣を引き剥ごうとしたの
です。

 ところが、不思議なことに、この人がなんとなく怖ろしく感じられて、手が
出せないまま、二三町ほど後ろについていくと、この人は、自分が尾行されて
いるなどと思いもしない様子で、悠然と静かに笛を吹いて歩いています。

 袴垂は、試しに、わざと足音を立てて走りよると、少しも慌てた様子もなく
笛を吹きながら振り返った様子は、襲い掛かることが出来そうもなかったので、
五六歩引き下がりました。

 このように何度かいろいろやってみましたが、少しも怖がったり慌てたりす
る様子もなかったので、これは稀有の人だなと思って、十数町ほど付いて行き
ました。

 しかし、いつまでもこうしてはいられないと思って、袴垂は刀を抜いて走り
寄ると、笛を吹きやめて、立ち止まり、
「おまえは、何者だ。」
と尋ねました。

 たとえどんな鬼・神であろうと、このように只一人でいる者に走りかかった
のだから、さして怖ろしいはずはないのに、これはどうしたことか、肝もつぶ
れて、死ぬほど怖ろしくなって、無意識のうちに膝を突いてしまいました。

 「いかなる男か。」
と重ねて聞かれますと、いまさら逃げようとしても、無事に逃げることは出来
まいと思って、
「追剥ぎでございます。」
と言い、更に、
「名前は、袴垂と申します。」
と答えました。

 この人は、
「名前だけは聞いたことがある。危ないことをする命知らずじゃ。付いて来い。」
とだけ言いかけて、また先ほどと同様に笛を吹いて行きました。

 この人の気配を見ると、ただの人間ではないと怖ろしくなり、鬼神に魂を奪わ
れたように、正気もなくふらふらと付いて行くと、この人は大きな家の門に入り
ました。

 沓を履いたままで縁の上にあがったので、これはこの家の主だなと思っている
と、すぐ戻ってきて、袴垂を呼んで、綿のタップリ入った衣を与えて、
「今後、このようなものが欲しいときは、この家に参って言え。よく知りもしな
い人に取り掛かって、怪我なんかするなよ。」
と言って、内に入っていきました。

 その後、この家を考えてみると、摂津の前の国司藤原保昌という人の家でした。
あの人が、噂に聞いた保昌であったのだと思うと、生きた心地もしないで、屋敷
を後にしました。

 その後、袴垂が捕らえられて、
「不思議に気味悪く怖ろしい人でした。」
と語ったということです。

 この保昌朝臣は、武門の家柄ではなく、致忠という人の子です。それなのに、
武門の者にも劣らず、肝っ玉太く、腕が立ち、力持ちで、思慮深い素晴らしい人
物で、朝廷でもこの人を武士として仕えさせましたので、まったく不安なことが
ありませんでした。

 だから、世間ではこの人をこの上なく恐れていたのです。ただし、子孫がない
のは、武門の家系ではないためかと、人が言ったと語り伝えたということです。

                        おわり

しょうげんの一言:当代、名のある二人の人物の対決、迫力がありますね。
       「宇治拾遺物語」では、あとの方の二つの段落は、ありません。
 

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